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仕事を考える2冊の文庫/Aoyama Book Column #1

こんにちは。青山ブックセンター本店 文庫・ビジネス書担当の神園です。

青山ブックセンター本店がおすすめする新刊や選書フェアなどについてのコラムを発信するnoteマガジン「Aoyama Book Column」を始めました。今回はその第1回目、仕事を考える2冊の文庫本について紹介します。


ビジネスに興味がない人にこそ勧めたい仕事本

今年、仕事にまつわる良書が2冊文庫化しました。4月に刊行された島田潤一郎さん『古くてあたらしい仕事』(新潮文庫)と、6月に刊行された寄藤文平さん『デザインの仕事』(ちくま文庫)です。

仕事の本と聞くと、苦手意識を持たれる方も少なくないと思います。しかし、この2冊はいわゆる一般的な仕事の本とは一線を画していて、ビジネスに興味がない人にこそ勧めたいです。


異色の経歴を持つ2人

なぜ、この2冊が一般的な仕事の本とは違うのか、まずそれぞれの本の内容を簡単に紹介します。

島田潤一郎さん『古くてあたらしい仕事』(新潮文庫)は、転職活動がうまくいかなかった33歳の時、従兄の死をきっかけにひとり出版社「夏葉社」を立ち上げた島田さんが自身の仕事に対する思いや、1冊の本を作って届けるということついて書いたエッセイです。

寄藤文平さん『デザインの仕事』(ちくま文庫)は、グラフィックデザイナーの寄藤さんが、木村俊介さんによるインタビューを通して、自身のデザインの仕事から、デザインにおけるアイデアをどのように形にするのか、そしてブックデザインの仕事などについて語った仕事本です。

このように、2人とも異色の経歴を持っていて、一般的なルートを辿っていません。島田さんは、大学卒業後に就職をせず、小説家を目指しながらフリーターの時期を過ごします。そして、33歳でひとり出版社を立ち上げました。
寄藤さんは、大学在学中に始めた博報堂でのアルバイトという非正規のルートからデザイン業界に入り、25歳で事務所を構えて独立をしました。
そのため、一般的な仕事の本とは別の目線で仕事について語られています。

仕事の「理想」と「現実」を考える

そして、この2冊には不思議と共通点が多くあります。その中でも3つの共通点を紹介したいと思います。まず1つが、仕事の「理想」と「現実」に対する2人の考え方です。
『デザインの仕事』の第1章では、寄藤さんが、仕事における「理想」と「現実」について具体的に語っています。


父や先生の場合には、まず何よりも、理想というものが最初にあったんです。デザインについて何か実践するのだとしたら、「そもそも、素晴らしいデザインというものは何だろうか?」という問いを論理的に突き詰めて出てきた考え方を前提にします。(中略)でも、先輩は、「何か知らんけど、カッコよきゃいいんだ」っていう人でした。今ここにある現実の世界で面白かったり効力があったりすることをやっていこう、という現実的な人でしたから。理想主義者には、ある種の高潔さがありますよね。しかし、姿勢が綺麗な一方で、理想を追いかけていく人に特有の「やわさ」がある場合も多いのではないでしょうか。いざ、現実的な問題にぶつかった時に突破できなくなることもある、というか。

寄藤文平さん『デザインの仕事』p.32

寄藤さん自身は、「理想」側と「現実」側、どちらでもなかったと言います。

今も、広告の世界の人たちから見たら「装丁の人」で、装丁の世界の人たちから見たら「広告の人」のように見えているかもしれません。特定の業界の価値基準に自分自身を同化させないようにして、引いてものを見たうえで批評のようにデザインを考えていくというやり方は、そんな自分にとっては必然的なものだったのかもしれません。

寄藤文平さん『デザインの仕事』p.36

「理想」と「現実」、寄藤さんは両者を客観的に捉え、自身のオリジナルな道を歩んでいきます。そして、この本自体が、続く章においても「理想」と「現実」どちらかに偏ることなく、中間地点に立った視点で書かれています。

この点は、島田さんの『古くてあたらしい仕事』にも共通しています。この本で島田さんは、大量生産・大量消費ではない本づくりの理想だけを語っているわけではなく、そのビジネスの現実を冷静な目で見ています。

会社を続けるということは、ほんとうに難しい。趣味でやっているのではない。かといって、ビジネスでやっているのでもない。なんとか自分のやりたいこと、やるべきことを見つけ出し、それに専念する。

島田潤一郎さん『古くてあたらしい仕事』p.92

例えば、島田さんは、「本をつくるのに際して考えたのは、自分が欲しくなるような本をつくるということだ」と、理想を語ります。一方で、「それは、できるだけ他社がやらない仕事をするということだ」と、現実的な選択について補足します。この「理想」と「現実」のバランスは、本書において最初から最後まで一貫して両立されています。

LaborからWorkへ

ところで、「仕事」という言葉を英語で表すとき、"Work"と"Labor"という2つの単語があります。同じ「仕事」でも、この2つはニュアンスが異なり、"Work"は自主的で創造的な仕事、"Labor"は労役といった意味があります。

その点で考えると、寄藤さんと島田さんの仕事の経歴には、"Labor"から"Work"へと移行したという共通点があります。

寄藤さんは、独立前の博報堂でのアルバイト時代は、あまりにも忙しすぎて「自分らしさ」が段々とすりつぶされていったと語っています。(ただ、その時期に、膨大な仕事の量に慣れることができたと振り返っています。)

当時の僕としては、まず「自分」なんていうものは、とりあえず「滅却」させることにしてみました。「もう、こうなったら、百パーセント、ロボットになるしかないだろう」と思ったんです。そうでなければ、乗り越えられない、と。

寄藤文平さん『デザインの仕事』p.39

島田さんは、出版社を立ち上げる前、30歳の時に教科書会社で営業の仕事をしていました。教科書の営業といっても、すべての本が素晴らしいわけでなく、自分自身であまりいい本ではないと思ってしまうものも営業しなければならなかったようです。一生懸命働いて営業成績も良かったのですが、他の社員と違ったスタイルで働いていたことを日々叱責されたことで、結果的に一年で辞めてしまいました。

たいせつなのは、怠けないこと。ずるをしないこと。そうしていれば、なんであれ、結果はでる。約三〇年間教科書の営業をしていた先輩がぼくに教えてくれたのは、つまりそういうことだった。なにも難しくない。ぼくでもわかる。しかし、自分が売ろうとする商品がろくでもないものだったら、すべては無駄なことなのだった。

島田潤一郎さん『古くてあたらしい仕事』p.55,56

2人の仕事は、このような"Labor"を経てから、"Work"へと向かいました。

待つということ

「待つということ」も、生産性を重視する一般的な仕事の本ではあまり語られないことかもしれません。

例えば、ビジネス書の中でもアイデアの作り方を解説するような本が多くありますが、寄藤さんはアイデアを考えることは「待っている」という感覚に近く、デザインの仕事は作る時間が二割、考えを「待つ」時間が八割だと言います。

どうしたらいいかっていうと、僕の場合は「待つ」っていう感じです。短時間で確実にアイデアを出す方法なんて、本当はないんじゃないでしょうか?一見その場で思いついているように見えて、その人の中でいろいろ考えていることの中から出てきてると思うんですよね。

寄藤文平さん『デザインの仕事』p.125

島田さんも、たいせつなのは「待つこと」だと、断言します。売上を上げたい時、即効性のある短期的な施策をやりがちですが、長いスパンで考えると、それがその後に大きな効果をもたらすとは思えないと言います。

本の寿命は、ぼくが考えているよりずっと長いものだし、知り合いの編集者の言葉を借りれば、それは「きみの人生より長く生きる」かもしれないのだ。そう考えると、一週間、一ヵ月の結果をもってして、成功だ、失敗だ、と騒ぎ立てるのは尚早というほかない。

島田潤一郎さん『古くてあたらしい仕事』p.189,190

ただ、その後に書かれているように、待つことができるのは、誰かとではなく、ひとりで出版社をやっているから、ということは留意しておきたいです。

不思議と共通点が多い、この2冊。同時期に文庫化した今、ぜひどちらも手にとって、自分自身の仕事について考え直してみるのはいかがでしょうか。