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正直誰にも教えたくないニッチなエッセイを見つけた/ Aoyama Book Column #4

誰にも教えたくない

本当に素晴らしい本を読むと、自分だけの宝物にしたくて、誰にも教えたくないと思うことがあります。

ただ、書店員という仕事柄、良い本を見つけたならば、しっかりと紹介しなければなりません。それが素晴らしい本を作ってくれた著者や出版社のために少しでもなるなら尚更です。
ということで、つい最近、そんな正直誰にも教えたくないと思わせるようなニッチで素晴らしいエッセイを久々に見つけたので、独り占めしたい気持ちを抑えながら皆さんに紹介したいと思います。

利便性・効率から離れて、
偶然と発見を楽しむ

その本は、10月に発売したばかりの文庫新刊、平田俊子さんの『スバらしきバス』(ちくま文庫)です。

路線バス、コミュニティバス、高速バス……バスに乗る時間は、楽しく、心地よく、ちょっと寂しい。名バスエッセイが、増補文庫化! 解説 大竹昭子

個人的な話になりますが、首都圏で生活する私は鉄道を日常的に使用していて、移動手段としては鉄道が一番便利で効率的だと感じています。国土交通省の2021年度の国内旅客輸送の統計データを見ると、鉄道が81.7%、乗合バスが14.4%で、自分と同じような人は多いのではないでしょうか。

しかし、そんな便利で効率的な鉄道には、どこか殺伐とした空気を感じたり、現代社会の余裕のなさが充満していて息の詰まるような感覚を覚えることも少なくないです。

一方バスは、鉄道と比べると単純に速度が遅いこともあり、どこかゆったりとしているイメージがあります。
そして、線路の上を走る鉄道とは違って、人々の生活が営まれる街の中を走っていくバスには、比較的あたたかさを感じます。それは小さな頃、親が運転する車の後部座席で感じた安心感に似ている気がします。何両もの車両が連結している鉄道よりも、あくまで一台の乗り物であるバスには「人に運転してもらっている」という感覚を抱きやすいからでしょうか。

そんなバスの魅力がユーモラスに、時に叙情的に描かれているのが『スバらしきバス』で、この本は、バスに乗ることがもたらしてくれる偶然の出会いや新しい発見、その静かな楽しさと心地よさについて教えてくれます。忙しない社会を生きる人々の肩の力を抜いてくれるような、不思議なリラックス効果のあるエッセイです。

著者プロフィールには、通学バスの来歴まで(!)

バスの楽しみ方

例えば著者の平田さんは、特に目的もなく、ふらりとバスに飛び乗って、行ったことのなかった街へと向かいます。

バスは近所のバス停からひょいと乗れるところがいい。風に吹かれてバス停にぼんやり立ってると四角い箱がどんどん近づいてきて、バスになって停まる。「お待たせしました」といいながら、運転手さんは扉を開ける。待っている人がほかにいなければ、扉はわたしだけのために開けられる。お嬢様か社長になったような気分だ。

p.16〜17 「三つの席」

バスに乗れば、バス停の名前から、その由来を推測したり、その場所に関係することを考えます。

信号を越えて新青梅街道に入る前のバス停は「落合南長崎駅」だ。ええと、大江戸線の駅だっけ。名前に長崎がついていると九州の長崎を一瞬連想してしまう。そういえばこのあたりには中華料理やラーメンの店が多い。長崎には中華街がある。落合南長崎と九州の長崎は何か関係があるのだろうか。

p.142「桜をよけて」

バスは「代沢小学校」に向かう。若き日の坂口安吾がここで代用教員をしていた。この学校の前を通るたび安吾の姿を探してしまう。安吾がいたのは九十年近く前だから、見つかるはずはないのだけれど。

p.170「ざわざわ」

周りの乗客の人間観察をしてみることもあれば、窓から見える街の景色の過去と今に思いを馳せてみたり。
それから、時にバスは偶然の出会いをもたらすこともあるのだとか。

バスがコンビニの前を通り過ぎるとき自動ドアが開いて、中から知り合いのOさんが現れた。
わあ、Oさん。すごいタイミングなんですけど、こんなところで何をしているんですか。白い袋をぶら下げておられますが、コンビニで何を買ったんですか。訊いてみたいがあちらは地上、こちらはバスの中である。わたしに見られていることにOさんは気づいていない。ふふふふ、優越感。それにしても何という偶然だろう。バスは時々こういう偶然を起こす。

p.143「桜をよけて」

そして、訪れたことのない街の景色をバスの窓から眺めてみれば、そこには誰かの日常の生活空間が広がっています。しかし、それは自分にとっては非日常でもあり、バスはそんな日常と非日常の狭間という不思議な空間へと安価で気軽に連れていってくれる、魔法のような乗り物だと、『スバらしきバス』は教えてくれるのです。

おわりに

さて、ちょっと疲れたら、バスに乗ってみてはどうでしょう。目的や意味から離れて、窓の外の景色を眺めながら、知らない街へゆらゆらと。
もちろんポケットには『スバらしきバス』を入れて。

青山ブックセンター本店  文庫担当・神園