#2 渡邉康太郎さんとドミニク・チェンさんが語る【翻訳・海外小説】の6冊(「本屋の歩き方vol.1」より)
青山ブックセンターにまつわるゲストが、書店ならではの魅力的な空間を紹介しながら、本の魅力について語る「本屋の歩き方」。
このnote版「本屋の歩き方vol.1」は、Youtubeで公開した動画を文字起こし・編集をし、書籍の紹介に関する部分を一部抜粋したものになります。
今回紹介するのは「翻訳」「海外小説」の6冊
第2回は「翻訳」「海外小説」をテーマに、ドミニク・チェン さん・渡邉康太郎さんが取り上げた6冊の本を紹介します。
■ルシア ベルリン『掃除婦のための手引書』
■片岡義男,鴻巣友季子『翻訳問答 英語と日本語行ったり来たり』
■原倫太郎,原游『匂いをかがれるかぐや姫〜日本昔話Remix〜』
■マシュー・レイノルズ,秋草俊一郎『翻訳 訳すことのストラテジー』
■柴田元幸(編)『MONKEY vol.12 翻訳は嫌い?』
■ケン リュウ(編),大森望,中原尚哉ら(訳)『月の光 現代中国SFアンソロジー』
(第1回の様子はこちら)
出演者(敬称略)
ドミニク・チェン:研究者
渡邉 康太郎:Takram コンテクストデザイナー / 慶應SFC特別招聘教授
山下 優:青山ブックセンター本店 店長
ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引書』
渡邉:最近山下店長がビビッと来た、オーラの漂っている本って、何かありますか?
山下:それこそ、ドミニクさんがこれから紹介する、ルシア・ベルリンとかは、表紙を見て「より間違いないな」と思いました。
渡邉:入り口にも置いてありましたね。本棚のところに行ってみよう。
2013年にノーベル文学賞を受賞したアリス・マンローや、短篇の名手レイモンド・カーヴァー、日本で近年人気が高まっているリディア・デイヴィスなどの名だたる作家たちに影響を与えながら、寡作ゆえに一部のディープな文学ファンにのみその名を知られてきた作家、ルシア・ベルリン。本書は、同書から岸本佐知子がよりすぐった24篇を収録。この一冊を読めば、世界が「再発見」した、この注目の作家の世界がわかります!(講談社内容紹介より)
ドミニク:翻訳家の岸本佐知子さんの素晴らしい訳ですね。昨年の7月に出てもう5刷なんですね。僕の周りでもかなり話題になっていた本です。
渡邉:これはまだ積読したまま。読んでないです。
ドミニク:僕もまだ全部終わってないんです、実は。でも、すごく引き込まれます。ルシア・ベルリンの物語りもすごいのですが、岸本さんの翻訳がなんというか、日本語と英語の中間言語というか、読んだことのない日本語のように感じられる。この本のために作られた日本語、といってもいい。
最近、21_21 DESIGN SIGHTで「トランスレーションズ」展という企画のディレクションをしていて、特に翻訳について考えたり、リサーチしたりしているんだけど、謎は深まるばかりですね。
ドミニク:岸本さんは、英語文学の翻訳の名手として知られているわけですが、やっぱり英語の原著がすごく良い本であったとして、「それをどう日本の名著に翻訳するか」というのは翻訳家の腕一本にかかっていると思うんですよ。
ただ忠実に直訳すればいいわけではなくて、さっきオーラの話をしたけど「原文のオーラをどう日本語特有のバイブスに翻訳するか」というのは、なかなか一言で、数式で変換できるような式にはならない。読めば読むほど、原文の雰囲気、香りが伝わってくる文章なんですよね。
片岡義男,鴻巣友季子『翻訳問答 英語と日本語行ったり来たり』
渡邉:僕も翻訳に大変興味があって、本はいろいろ読んでます。好きなシリーズがいくつかあって、片岡義男さんと鴻巣さんの……。『翻訳教室』だっけ(※実際の書名は『翻訳問答 英語と日本語行ったり来たり』)。
ドミニク:あっ、あるんじゃない、それも。
渡邉:この辺で見ました……。こっち側にあったよ、確か。
山下:右側に。もうちょっと奥ですかね。
渡邉:なんかね、この辺。
山下:もうちょっと奥ですね。右上ら辺に。
渡邉:どれどれ? ありそう、ありそう。この辺、翻訳の本だもんね。見た気がするんですよ。で、どんな本かと言うと。
作家・片岡義男と翻訳家・鴻巣友季子が、『赤毛のアン』『ロング・グッドバイ』『高慢と偏見』といった不朽の名作を、競訳。ルールは四つ。「一、二人には訳す範囲のコピーしか与えられない。一、対談当日まで既訳を参照してはならない。......」翻訳真剣勝負。勝つのは、作家か、翻訳家か?(左右社内容紹介より)
渡邉:片岡さんも鴻巣さんも、英米文学を訳しています。この本では、同じ英語のテクストを、二人で訳し分けるんですよね。
例えば『フランケンシュタイン』の冒頭を訳し分けて比べてみる。二人の和訳が載ってるんだけど、それだけじゃなくて、訳したものをもとに対談しています。柴田元幸さんと村上春樹さんの『翻訳夜話』と似た形式ですよね。
小説の冒頭に、風景の描写があるときに、それは英米文学の歴史のなかでは、主人公の内面の描写でもある、みたいな解説を、片岡さんがしていたりとか。
一人称を僕にするのか俺にするのか私にするのか、といった勘所の議論は、どんな翻訳本でも出てくるけど、その辺の話とかも、結構詳しく読めるんですよ。確かこれ続編もありますよね?
原倫太郎・原游『匂いをかがれるかぐや姫〜日本昔話Remix〜』
渡邉:二冊目では、もともと日本語で書かれた作品を一度英訳版で読むんですよ。それをいろんな人に渡して、改めて日本語に再解凍してもらうという。英訳された『竹取物語』を再び日本語に戻したらどうなるか、とか。英語の『吾輩は猫である』を和訳したらどうなるか?、とか。
ドミニク:アーティストの原倫太郎・原游さんが作った面白い本で、「かぐや姫を機械翻訳で英語にした物を、もう1回機械翻訳で日本語にすると、全然違う物語になっちゃう」っていうのがあります。もしかしたら絶版かもなんだけど、15年くらい前の物。それを思い出した。
未来からやってきた昔話!?翻訳ソフトで日本語→英語→日本語と訳して出現した、まったく新しい日本昔話。さて有名な昔話がどうなるか?(マガジンハウス内容紹介より)
マシュー・レイノルズ,秋草俊一郎(訳)『翻訳 訳すことのストラテジー』
ドミニク:最近、翻訳系の本は、僕も読んでいて、ちょうどマシュー・レイノルズの『訳すことのストラテジー』がありますね。これは翻訳論入門みたいな感じで、これ自体、英語で書かれたのを、秋草さんが日本語に翻訳している。
最新の翻訳研究ではなにが論じられているのか?本書では、「グーグル翻訳は原文の等価物か?」「『直訳』『意訳』という二分法は正しいのか?」といった身近な問題から、文学作品が翻訳を通じて新たな力を獲得しうるという「翻訳の詩学」と著者が呼ぶものまで、「翻訳translation」という事象が含む論点の広がりが一望できるようになっている。(白水社内容紹介より)
ドミニク:翻訳を考える上でとてもテーマを整理させてもらえる面白い本です。「翻訳はなにからなにまで含むのだろうか」みたいな素朴な疑問や、「外交翻訳」にまつわる話とかね。通訳を間違えたら外交問題になっちゃうっていう。
ドミニク:あとはクラウド翻訳というのが面白い。クラウド翻訳っていうのは「みんなで翻訳する」、クラウドソーシングのクラウドのこと。教会とか聖書とか、基本はクラウド翻訳だった、みたいな話だったり。そういうところをすごく細かく、かいつまんで紹介してくれます。おすすめですよ。
柴田元幸(編集)『MONKEY vol.12 翻訳は嫌い?』
渡邉:それでいうと、ドミニクさんが最初に挙げてくれたルシア・ベルリンの本も、岸本さん訳じゃないですか。岸本さんといえばリディア・ディヴィスの翻訳がありますよね。そこからの連想で、リディア・ディヴィスのエッセイ「ノルウェー語を読む」っていうの読みました?
ドミニク:いや、それはまだ読んでないです。
翻訳家の柴田元幸による「日本翻訳史」の講義録では江戸時代の浄瑠璃からの発展を目指した明治時代の文学運動を徹底解説。伊藤比呂美と柴田元幸による、翻訳と創作をめぐる文学対談「あれは翻訳といえますか?」に加え、先の講演会が記憶に新しい村上春樹と柴田元幸によるスペシャル対談も実現(スイッチパブリッシング内容紹介より)
渡邉:これに収録されている「ノルウェー語を読む」っていうエッセーがヤバくって。リディア・ディヴィスはもともと英語・フランス語、ドイツ語などいくつかの言語に通じているんですよ、確か。絵本を読めるくらいのノルウェー語の知識があるんだけど「あえて辞書を使わずに小説を1冊まるまる読んでみよう」と決める。
渡邉:彼女は朝起きたら、パンとかかじりながら、ノルウェー語の小説を読む。勉強ではなくて、趣味として。
ドミニク:辞書を引いたりせずに、分かるところだけ分かるように読んでいく?
渡邉:そう、例えば1ページ読むのに3時間くらいかけて真面目に読むんですって、最初は。読み進めるなかで、自分なりのノルウェー語の辞書を作り始める。
ドミニク:杉田玄白じゃん。
渡邉:確かに!
渡邉:それって「結構想像任せじゃないの?」と思うんけど、彼女が読み進めて「いまはここまで理解したけど、ここがわからん」っていう時、「わからん」の解像度が高すぎて。
たとえば「未亡人が大工を数日雇って、農場に何かをつくらせる。数日後仕事が終わる頃には、彼のことをすっかり気に入っている。未亡人は旅立つ大工に弁当を持たせる。中身が気になった大工は道中、弁当箱の中を見て、光る鍵を見つける。メッセージを解した大工は馬を反対方向に向けて農場に帰る。二人はのちに結婚した……というところはわかるんだけど、何のための鍵かがわからない 」って、そんな細かいところまで!
(※収録後、本文を確認し、発言内容を修正しています)
ドミニク:結構分かってるじゃん!
渡邉:辞書なしで。結構びっくりしますよ。半分くらいまでいくと、もはや大体わかるようになってきて。1ページ目に戻った瞬間に、ものすごいスピードで読めて、いままでの誤解がどんどんとけていくところまでいっちゃうんですね。「これを趣味でできるの?」って。
ドミニク:すごい。レベルが高い。
渡邉:熱いですよね。
ケン リュウ編・大森望,中原尚哉ら(訳)『月の光 現代中国SFアンソロジー』
ドミニク:これは、昨日もインスタにアップしてたんだけど、好きすぎる本です。
渡邉:話題ですよね。
『三体』著者である劉慈欣の真骨頂たる表題作ほか、現代の北京でSNS産業のエリートのひとりとして生きる主人公の狂乱を描いた、『荒潮』著者の陳秋帆による「開光」、春節の帰省シーズンに突如消えた列車とその乗客の謎を追う、「折りたたみ北京」著者の郝景芳による「正月列車」など、14作家による現代最先端の中国SF16篇を収録。ケン・リュウ編による綺羅星のごときアンソロジー第2弾。(早川書房内容紹介より)
ドミニク:ケン・リュウさんですね。『紙の動物園』ですごく知られている、世界中に知られている現代アメリカ人、中国系アメリカ人の人なんですけど。彼はSF作家なんですが、ヒューゴー賞とか色々たくさん受賞している大作家。
去年、彼は劉慈欣さんの『三体』を英語に翻訳しました。現代中国SF作家の、自分の好きな人をどんどん英語に翻訳して、そこから「世界中に再翻訳されていく」という流れを作っている超重要人物。
渡邉:なるほど、ゲートウェイを作っているんですね。
ドミニク:そんな彼が選んだ中国語のSF作家の16篇のSF短編。
渡邉:ケン・リュウっていうのがストツー(ストリートファイターII)っぽいって、ある人が言ってましたよ。
ドミニク:某朝吹さん、(渡邉さんの)妻の朝吹真理子さんですね(笑)。僕がさっき、Facebookのメッセンジャーで「ケン・リュウ」って書いたら「ストツーみたい」って言われて(笑)。僕、結構10代にストツーに時間費やしていたけれど、ケン・リュウの名前を見てストツーを思い出したことはなかった。
渡邉:神経回路が、いま繋がりましたね。
ドミニク:彼女のせいで僕、ストツーしか思い出せない。
渡邉:ちゃんと二人ともライバル同士で、波動拳使える仲なので。
ドミニク:それがちゃんと一緒になっているという。ていうのは置いておいて(笑)、僕はこの本すごい好きなのは、内容もさることながら、本の造りですね。
渡邉:いいですよね。
ドミニク:この判型、名前がわからないのだけれど、変形っていうか。
渡邉:これ何て言うんでしょうね。
山下:「新書変形」ですかね。
渡邉・ドミニク:ああ。
山下:一応、サイズは新書なので。
渡邉:このビニールカバーがついてね。
ドミニク:古式ゆかしき感じで二段組み。
渡邉:紙もクリーム色か、黄色掛かった……。
ドミニク:そうですよね。閉じた時に小口に色がついて。
渡邉:こだわりの造本ですね。
ドミニク:新しい本なんだけれど、すごく昔から本棚に置いてあるような感触もある。これも、まだ僕読み始めたばかりなんだけれども、1章目、1作目が夏笳(シアジア)さんと言って。まだ35歳くらいの人ですね、彼女は。
渡邉:そうかアンソロジー(作品集)ですね、これは。
ドミニク:夏笳さんは、比較文学と世界文学の博士号を北京大学で取っていて、今は西安交通大学で教授をやっていると言う。教育者、研究者でもありながら。
渡邉:なるほど。
ドミニク:SF作家で、この『おやすみなさい、メランコリー』という作品なんだけれど、これがすごく面白いのが、「SFの創作部分の話」と「アラン・チューリングがなんで対話型ロボットを作ってそれをクリストファーと名付けていたのか」っていうことを、史実とフィクション、虚実ないまぜにして書いていて。
渡邉:ああ、面白いですね。
ドミニク:しかもですよ、途中で引用文献が出てくるんだけれども、それを見ると、本当に現代のAI学会に投稿されている論文が出てきて。
渡邉:面白い、面白い。
ドミニク:それもウェブで公開されているものなので、実際のAIの議論を読みながらSF的想像力をぶつけて読むと、2度美味しいというね。そんなすごく面白い短編から始まっています。
渡邉:今日これ買っていこう。これは、持っておきたい本ですね。紙でちゃんと持っておきたくなる。
ドミニク:そう、これはKindleみたいな電子媒体で読むのとは、全然違うなって。
渡邉:これは抱えておきます。後で買うから。
ドミニク:じゃあ、あとで買いたい系は抱えていくっていうことにしましょう。
(第3回に続く)
次回予告(7/23(木)公開予定)
次回は「絵本」「美術」「漫画」をテーマに、ドミニク・チェン さん・渡邉康太郎さんが取り上げた6冊を紹介する予定です。
『あらゆる所にたくさんいる目に見えない微生物の世界』
『アンジュールーある犬の物語』
『ユーラシアを探して:ヨーゼフ・ボイスとナムジュン・パイク』
『短編画廊:絵から生まれた17の物語』
『A子さんの恋人 6巻』
『棒がいっぽん』
ドミニク・チェン さん・渡邉康太郎さんによるnote版「本屋の歩き方 vol.1」は、全4回にかけて、毎週木曜日夕方に計21冊を紹介していく予定です。次回もぜひご覧ください。
第1回:特設棚
第2回(今回):翻訳・海外小説
第3回:絵本・美術・漫画
第4回:哲学
(第1回の様子はこちら)